
夢を、見ていた。 寒い日の、夢を。 あの日から、すでに4カ月。 5月の日差しは、少しずつ暑さを増していた。 エアコンのモードは、いつの間にかヒーターからドライに変わった。 『挑戦をやめてしまえばどうなるか、リーフの現状を見れば分かるだろう』 あの時の吉沢の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。 「挑戦…か」 麻枝は、力なくつぶやいた。 ウイルス事件で駄目になったシナリオの書き直し。 それが、ここのところの麻枝の仕事だった。 だが、その作業は遅々として進んでいない。 「何に挑めばいい…今は」 麻枝の足元には、丸められた紙が無数に転がっていた。 どうせならと、一から書き始めたシナリオ。 だが、満足のいくものはできなかった。 「何がやりたいんだ? 俺?」 麻枝はつぶやくと、力任せにシャープペンシルを投げ出す。 そして、モニターの前に座り、シーケンサーソフトを立ち上げる。 シナリオに詰まると音楽。それはいつもの麻枝のパターンだ。 「…こっちも駄目か」 メロディーと呼べるようなものは、浮かんでこなかった。 「チャーシューメン一丁!」 気分転換に、訳の判らないことを言ってみたが、気分が晴れるわけでもない。 「アホか…」 麻枝は椅子に体を投げ出すと、目を閉じた。 その時、ドアがノックされた。 「誰ですか?」 『久弥です』 「…用は?」 『弁当、持ってきました』 「判った…ちょっと待ってくれ」 今のままではあまりにも見苦しい。 麻枝は、少しだけ部屋を片付けてから、ドアを開けた。 「すまんな、久弥。こんなことまでしてもらって」 「いいんですよ。今、僕にできるのは、雑用ぐらいのもんですし」 「…またコンビニ弁当か?」 「はい。好きですから」 「もっとちゃんとしたもの、食えよな」 あまりの久弥らしさに、麻枝は苦笑した。 「おいしいですよ」 「まぁ…この場じゃ、悪くはないかもな」 ローソンのトンカツ弁当に箸をつけながら、 麻枝は誰に語るでもなくそう言った。 「…苦労してますね」 「判るか?」 「麻枝さんは、すぐ顔に出ますから」 「大丈夫…と言いたいとこなんだけどな」 麻枝の表情が、少し硬くなる。 「ちょっと、引っ掛かっててな」 「?」 「俺は守りに入ってるのかな?」 「え?」 久弥の表情に疑問の色が浮かぶ。 「半年ほど前に、吉沢さんに言われてな。 挑戦をやめてしまえば進歩はないって」 「Kanonのことですか?」 「ま、そういうことだな」 しばらく黙っていた久弥が、おもむろに口を開く。 「あれがあの時、自分にできる精一杯でしたから」 「…」 「僕にとって企画は初めてだったし、今でもあれに不満はありますし」 「不満?」 「僕は別に、周囲から夢想家とか、甘いとか言われてもいいんですよ。 でも…本当に自分のやりたいことができたのか、というと…」 「まだ完全じゃない、と」 「多分それは、麻枝さんとはかなり違うんでしょうけれど」 「なるほど…な」 「守ることが正しいとは思えないんですけれど」 久弥は静かに話し始める。 「だからって、無闇に挑戦すればいいってもんでも…ないと思います」 「…」 「麻枝さんには麻枝さんにしか、僕には僕にしか …できないことが、ありますから」 「自分にしか、できないこと?」 「なぜ麻枝さんは、RPGを作ろうと思ったんですか」 少し間を置いて、麻枝は口を開いた。 「RPGを作るということは、1つの世界を作ることなんだ。 少なくとも、その世界においては、自分は創造主=神でいられる。 そして、その自分が作った世界で、 …人が生きる姿、人が成長する姿を描きたかった…から?」 「え?」 「成…長?」 「どうしたんですか?」 「…ゲームの中では、人は成長できないんだよな」 「ま、まあ確かに」 「自分の世界…自分の…」 「麻枝…さん?」 「悪い、久弥。しばらく一人にしてくれないか?」 「?」 「…お前も俺も同じだ。書く時は一人だ」 「はい!」 麻枝の、そして久弥に笑顔が浮かんだ。 シャープペンシルの滑る音が聞こえ始めた。次を読む
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