マントルピースでは炎が赤々と周囲を暖かく染めていた。 札幌のアボガドパワーズ本社オフィスである。 そこは都心でありながらも広い敷地を持った古い洋館であった。 外から見るととてもエロゲーの製作会社には見えない。そして内装も余りエロゲー会社のようには見えなかった。 アンティックを思わせる古い家具。マントルピース。厚い洋書の入った本棚。その本棚の前を頭に包帯を巻いた青紫が喜々として眺めていた。 「凄いですよ。高橋さん。『アル・アジフ』がある。『エイボンの書』もある。これなんか『無名祭祀書』ですよ」 青紫は鉄の留め金の付いた皮装丁の本を掲げてみせる。 その様子を見る限り暗鬱の気配はない。高橋は安心して溜息を付いた。 深くソファに腰掛け瞑目する。 自分の奇妙な運命に思いを馳せながら。 「お待たせしました、ちょっと電話をかけねばならなかったもので」 大槻が姿を見せる。屋内であるのに帽子もサングラスもはずしていない。無精髭の伸びた顎をさすりながら高橋の対面に腰を下ろした。 「いいところですね。札幌の都心にこんなオフィスが持てるとは羨ましい」 「これで家賃は月4万ですからね。ただ内装はあまりのぼろだったので社員総出で修理しましたが… さて、高橋さん。どうするのですか? あなたは」 「決まっている。切られたら切り返すだけだ!」 目の前の男が下川であるかのように睨み付ける。 「良い瞳だ。高橋さん。やはりあなたは腐っちゃいない。業界を背負っていける器だ」 「買いかぶりですよ」 視線を落とした。だが、大槻はそれにかまわず言葉を続ける。 「天下三分の計って、ご存じでしょうか?」 高橋は驚愕した。その言葉の意味を理解して。 天下三分の計。それは高橋がリーフに入った時にビジュアルノベル三部策と同時に下川に献策した天下取りの秘策であった。 そして大槻が語ったことは高橋の予想を超えて遥かに壮大であったのである。 「我々北海道のソフトハウスは近いうちに連合し、一つの共同体になります。リューノスはその手始めにすぎません。 だが我々はまだ若い。大手の老獪なソフトハウスには太刀打ちできるか判りません。 だから、我々が力を付けるまでの間、業界が二つに分かれて争っているのが望ましい。我々に手を出せず、かといって一つにもなれず、共倒れにもならず」 「それはリーフとkeyのことか?」 「小さい、小さい。アリスもエルフもD.Oも含めてすべてです。 高橋さんにはそれらすべてを巻き込んで大戦国時代を演出していただければ。 それにソフトハウスの競争はユーザーにとっても望ましいはずです」 策士大槻の業界全体をとらえた戦略眼は高橋を発憤させるに十分であった。 「面白い。だが、大槻さん。あなたのもくろみ通りになりますか?」 「さて。業界が活性化すれば喜ぶのはユーザーですから。私はユーザー第一に考えているのですよ」 無言の応酬が続く。 先に視線をはずしたのは大槻であった。 「青紫くんは盗作騒動が一息付くまでこちらで預かっておきます。心おきなくどうぞ」 退出を促され高橋はアボガドパワーズを背にした。 「まずは、コミパを潰す!」 新たな決意を胸に秘めて。 「青紫くん、気に入ったようだね。どうだいしばらくこっちに住んでみないか。今度セラエノの図書館につれていってあげよう」 「本当ですか」 高橋と大槻の応酬も知らず無邪気に本を読みふけっていた青紫は嬉しそうに返事をする。 ゆっくりと大槻はサングラスをはずしていった。そして、その下から現れた彼の瞳を見て青紫の顔色が変わっていく。 「あああああぁぁぁぁ…」 絶叫が聞く者とていない部屋に響いた。 その後青紫の姿を見た者はいない。次を読む
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