2000年7月。 孤独な覇道を突き進む下川は、新作の準備に精力的に取り組んでいた。 彼の右腕と呼ばれた高橋と水無月は独立し、 宇陀児は精神病院でリハビリに明け暮れる毎日。 青紫は業界から脚を洗い、中上も下川の意思によってこの世を去っている。 折戸はKANONで新たな成功を収め、覇王の座へ通じる階段を駆け登っている。 比類なき栄光を築き上げてきたリーフは、 まさに落日の帝国と形容するにふさわしい惨状であった。 それでも下川は、帝国の再建と復権を信じ、 専務として多忙な日々を送っている。 彼が製作に取り掛かったのは、 タイタニックとバイオハザードを模倣した3Dアクションゲームである。 2Dのテキストアドベンチャーでさえ致命的なバグを連発する技術力では、 夢のまた夢とも言える企画ではあるが、誰も彼を止められなかった。 下川に進言する勇気をもつ者など、リーフには残されていなかったのだ。 飼い主にしっぽを振る犬だけが残り、 平和と怠惰をむさぼりながら、かつての名声を食いつぶしている。 組織の廃退は上層部から始まるというが、 リーフの場合は、幹の両端から腐敗が進行しているようだ。 業界を震撼させる一報が下川のもとに届けられたのは、 7月の半ばの事であった。 一人の青年が、息を切らしながら執務室に飛び込んできた。 「下川さん、大変です!」 「なんだ、騒々しいぞ」 湯飲みに残されていた緑茶を飲み干すと、 下川が不機嫌そうな視線を青年に向けた。 青年は、全身を驚愕に震わせながら、懸命に声を絞り出した。 「コナミが、あのコナミが、ビジュアルノベルを商標出願したそうです!」 穏やかな波に揺れていた下川の瞳が、苛烈な光を帯びた。 専務は、平静を装いながら疑問を押し出した。 「それは本当か?」 「はい、特許庁のデータベースにアクセスしたところ、確かに出願されていました」 下川は、飲み干したばかりの緑茶に濡れる唇を軽く噛んだ。 コナミめ、着せ替え特許の件は知っていたが、まさか商標にまで手を出すとは。 視線を宙に向けた帝国の宰相は、あごを指でなでながら思案をめぐらし始めた。 どうするべきか。 ドリキャス版こみっくパーティの発売を控え、 コンシューマの雄であるコナミと事を構えるのは得策ではない。 エロゲー業界の覇者であるリーフも、 コンシューマという大海原に出れば、さざなみに揺れる小船でしかないのだ。 巨大な主砲を備える戦艦に立ち向かうには、あまりにも非力である。 できるだけ穏便に解決を計らねばならない。 現実的な選択をする決意を固めた下川が、デスクを指先で叩いた。 「コナミの上月会長に会談を申し込む。アポを取ってくれ」次を読む
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