2000年4月21日。こみパ2日前。 「いいか、当日までボランティアに一切情報はもらすな」 こみパスタッフを統括する高橋は、開口一番、そう言った。 「敵をあざむくにはまず味方から、という。 大イベントを成功させるには、そのくらいの慎重さが必要なのだ。 コミケの修羅場をくぐりぬけた精鋭の君たちならば、 十分判っていると思うが」 こみパスタッフの大半は、コミケのスタッフでもあった。 だが、彼らの能力は「精鋭」とは到底呼べないものだった。 昨年末の冬コミ以来のリーフとコミケ事務局との確執のため、 ここに送られてきたスタッフは、実は「お荷物」にすぎなかった。 むろん、彼らにはイベントを成功させようという気概はない。 あわよくば失敗させて、 コミケの地位を揺るぎないものにしようと画策する者さえいた。 高橋もそれは先刻承知だ。 今の彼の目的は、こみパを成功させることではない。 完膚なきまでに失敗させ、下川に赤恥をかかせることだった。 そのためには、指揮系統を混乱させる必要があった。 人員配置を減らし、情報を公開せず、綿密な打ち合わせをさせない。 そうすれば、指揮系統は力を発揮しない…それが高橋の読みだ。 ボランティアスタッフの怒りは招くだろうが、 そんなことは、大事の前の小事にすぎない…。 高橋の本音は、そこにあった。 北の地での下川のあの仕打ちを、高橋は一度として忘れたことはなかった。 そして、今は亡き中上に対する仕打ちも…。 「俺はやる。俺のために、そしてみんなのために」 宿泊先のホテルで、高橋は伊丹にあてた封筒を手につぶやいた。 封筒の中の便箋には、短い文章が書かれていた。 『こみっくパーティー失敗の責任を取り、 株式会社アクアプラスを退社させていただきます 高橋龍也』 そしてこみパ前日、その封筒は都内某所で投函された。次を読む
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