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■雪見編■〜leaf vs key リレー仮想戦記 ■雪見編■

 降り積もった雪に身体を沈める高橋たちを、 
 下川は満足げに見下ろしていた。 
 リーフの専務は、あるシナリオを脳裏に描き出している。 
 精神病院から脱走した宇陀児が、 
 長い旅路の果てに高橋と青紫を襲い、自らも倒れる。 
 吹きつける雪に体温を奪われ、純白のベールに包まれながら、 
 誰にも知られることなく、3人は息を引き取る。 
 高橋と宇陀児は手元に残しておきたかったが、この際はやむをえまい。 
 リーフに必要なのは、従順な飼い犬であって、自我をもった狼ではない。 
 頭と肩に積った粉雪を払うと、下川は薄く笑い、公園をあとにした。 
 残された高橋たちを覆う、真紅と純白のコントラストをなす雪は、 
 返り血を浴びた白装束を想わせる。 
 鮮血は白銀の世界にまぶしく映え、 
 新雪は人々のため息を溶かし込むほど深い。 
 吹きぬける風は、命の灯火を吹き消す死神の息吹さながらに冷たい。 
 白く染め上げられた無音の世界に、冥界への門が開かれつつあった。 
 しかし高橋は、残された気力と体力をしぼり出すように、 
 両足を震わせながら立ち上がった。

 焦点の定まらない視線を辺りに泳がせる。 
 下川の歪んだ笑顔は見あたらない。 
 すぐに死ぬだろうと考え、姿を消したのだろう。 
 宇陀児もうつ伏せになったままで、起き上がる気配はない。 
 高橋はそばに倒れる青紫を認め、 
 片膝をつくと、抱き起こし、頬を平手で打つ。 
「青紫、しっかりしろ」 
 懸命に叫び、冥府の門をくぐろうとしてる友の痛覚と聴覚に訴える。 
 皮膚は互いに凍りついており、 
 頬を打つたびに、結晶化した雪が悲鳴をあげる。 
 青紫が、赤味を失った唇を震わせながら、かすかにまぶたを開いた。 
「やっと気がついたか、早く起きろ」 
 高橋の吐いた安堵のため息は、白く流れ、雪原を滑る氷河を思わせた。 
 上半身をゆっくりと起こした青紫に、高橋が手を差し伸べる。 
「さあ、帰ろう。帰るといっても、もうリーフには戻れないがな」 
 青紫は答えず、無言でうつむいた。 
「どうした、早くしないと、本当に凍え死ぬぞ」 
 青紫は、暗い光をたたえた瞳で戦友を見上げると、 
 すぐに視線を落とし、呟く。

「高橋さん、僕、もうこの業界でやっていく自信がありません」 
「盗作のことか、それだったら、おまえが気に病むことじゃない。 
 あれは確かに盗作で、それを見抜けなかった俺にも責任はある。 
 だが、著作権の侵害は親告罪なんだ。権利者が訴えなければ問題はないんだ」 
 柔らかい視線で、高橋は自分の手を取るよう促す。 
「俺と一緒にやり直そう、俺はおまえの本気を知っている。 
 痕を製作していた当時、アクアは倒産寸前だった。 
 一刻も早くマスターアップしなければならなかった。 
 そんな中で、お前はアクアのことを考え、誘惑に負けてしまった。 
 ただそれだけのことだ」 
 熱のこもった説得は続く。 
「じつはだな、これは下川も知らないことなんだが、 
 俺と水無月は独立を考えてる。時期は、来年の夏をめどにしてる。 
 どうだ、お前も参加しないか? きっと楽しいぞ。 
 口うるさい下川もいない、気の触れた宇陀児もいない。 
 存分に実力を発揮できるはずだ」 
 精気を失った瞳に、涙の粒が浮かび上がった。 
「高橋さん、どうして僕がリーフに入社したか、知ってますか?」 
「どうしたんだ、急に」

 こぶしを握り締めた青紫は、凍りついた頬を紅潮させながら、 
 胸のうちに秘めた思いを吐き出し始めた。 
「僕が高橋さんのことを知ったのは、雫をプレイしてからです。衝撃を受けました。 
 とにかくエロければ売れたあの当時、端麗な文章と緻密な構成力は、 
 まさしく新たな時代の幕開けを告げるものでした。 
 そんな高橋さんに憧れ、僕はリーフに入社したんです」 
 青紫の独白は止まらない。 
「そして痕で、僕は高橋さんからおまけシナリオを任せれました。 
 入社したばかりの僕に、おまけとはいえ任せてくれるなんて、 
 本当に嬉しかったです。ぜひとも期待に応えなくちゃって思い、一生懸命頑張りました。 
 だけど、一向に納得のいくシナリオは出来ませんでした。 
 締め切りも近づき、どうしようかと焦りだしました」 
 視界に踊る粉雪の密度が増した。 
「できれば知りたくなかった。だけど、僕は知ってしまったんです。 
 締め切り直前の夜、パソコン通信のフォーラムで、 
 雫のパクリが暴露されていたことを……」 
 雫のライターが、ゆっくりとまぶたを下ろした。

「ショックだった。憧れの高橋さんが大槻ケンヂをパクっていたなんて。 
 それも、一部を流用したんじゃなくて、肝心なところを丸まる……」 
 あふれた涙は、熱湯の滝となって積った雪を溶かしてゆく。 
「僕だって開発者のはしくれだ。成功して有名になりたい。 
 みんなに誉めて欲しい。だけど、肝心のシナリオは全くうまくいかない。 
 パソコン通信のフォーラムを見終わると、星新一のショートシナリオ集が目に留まった。 
 悪魔に誘われるように、ぱらぱらとページをめくると、 
 ちょうどよさそうな短編が目に止まった。 
 まるごとパクったって、エロゲーオタクには分かりっこない、そう考えた」 
 青紫が叫ぶ。 
「高橋さんはパクリで有名になった。僕だって、有名になりたかったんだ!」 
 積年の想いを吐き出し終えた青紫は、生れ落ちたばかりの乳児のように泣き出した。 
 高橋は絶句し、悲しみに打ち震える青年を凝視する。 
 こぼれ落ちる涙をぬぐいながら、青紫は声を絞り出す。

「だけど、それは違った。 
 ライターとしてのプライドを捨ててまで有名になるなんて、絶対に間違ってる。 
 僕は2ちゃんねるで煽られて、初めてそのことに気付いたんだ。 
 僕はもう、過去を振り返らずに生きることは出来ない。だから……」 
 凄惨な心情の吐露は、明らかに高橋への非難を含んでいた。 
 しかし、暗に非難された当人は、反論するどころか、 
 青紫から視線を静かにそらし、うつむく。 
 そして視線を戻すと、寒さを忘れて震える青紫の前に片膝をついた。 
「すまない、お前がそんなに辛い思いをしていたなんて、少しも気付かなかった。 
 今さら言っても仕方のないことだが、頼るあてもなく伊丹に出てきたお前に、 
 もう少し気を配ってやれれば……本当にすまない」 
 天を覆う灰色の雲が、いっそう厚みを増した。 
 風に揺られながら舞い降りる処女雪が、二人を隔てていた溝を埋めてゆく。 
 雲の切れ目から、一筋の月明かりが射し込んだ。 
 純白の妖精が、光と風のワルツを奏で、 
 白銀の世界を包む穏やかな歌声が、凍りついたわだかまりを溶かしてゆく。 
 視線を合わせ、無言で立ち上がろうとする高橋と青紫を戦慄させたのは、 
 白銀の世界を黒く塗りつぶさんばかりに暗い、狂気に満ちた響きだった。 
「くだらない……本当にくだらない喜劇だ……」 
 乾いた血を舐めとりながら、宇陀児が静かに立ち上がった。
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