「…やりすぎだ、馬鹿が!」 高橋は、吐き捨てるようにつぶやいた。 同時に、背筋に冷たいものが走るのを感じた。 確かに、中上の一件に気が付いたのは高橋だ。 ウイルスCD-Rも高橋の策だ。 「だが…誰があそこまでやれと言った」 高橋の言葉には、激しい怒りが込められていた。 株式会社アクアプラス=リーフの人材は多いとはいえない。 石川が退社した現在、音楽面での中上の存在は非常に大きい。 人材確保を考えると、あのような手段に出る必要は全くないはずだ。 と同時に、生え抜きの中上に対する下川のあの態度に恐怖を覚えた。 東京の新参者の存在を快く思わない高橋だが、 それは自分自身、突き詰めれば外様だという意識があるからだった。 「雀鬼を知らない人間が何を言う!」 今でこそ面と向かって言う人間はいなくなったが、 雫のころには、二言目には決まってそう言われたものだった。 「しょせんは俺も外様だ。いずれは…ああなるのか?」 高橋の胸中に大きな不安が走った。 「何してるんだ、深刻な顔して」 「…竹中か」 温厚そうな表情を浮かべたこの男の名前は、竹中崇。 「水無月徹」のペンネームで知られる、最古参の原画マンだ。 「何でもない…と言っても、お前には判るだろうな」 「まぁ、な。長い付き合いだし」 「今回の件…お前はどう思う?」 「中上の件かい?」 「そうだ」 竹中は、少し考えてから話しはじめた。 「一般論では、他社に肩入れするのは明らかに問題だよ。 例え、相手が高校時代の同級生だったとしても。 …あくまでも一般論では、だけど」 「…なるほどな」 「CD-Rの件…発案者は高橋、お前だろ?」 「あぁ。ウイルスも含めすべて、な。あの馬鹿にそんな頭があるか?」 「…確かにそうだよな」 「折戸の音楽の才能を憎み、石川の才能を憎み、中上の才能を憎み…。 しょせんは、ただそれだけの男だ。米村が可哀相で仕方がない。 あんなゴミの主題歌を担当させやがって…」 「言いたいことは判るよ、高橋」 「そうか…判ってくれるならいい」 それでも、高橋の表情から不安は消えなかった。 「俺は東京は嫌いだ」 唐突に、高橋はそんなことを話し始めた。 「俺という人間に、ただ冷笑を浴びせることしかしなかった、 あの会社の…街の空気が嫌いだ」 「…」 竹中は、ただ黙って高橋の言葉を聞いている。 「お前には、感謝しているんだぜ、竹中。 こうして働き場所を、居場所を作ってくれたお前には」 「高橋…ありがとう」 「だがな。この居場所が今のままで果たしていいのか…。 今はそんなことも考えている。 中上にさえあの仕打ちだ。しょせんは外様の俺など…」 「高橋、落ち着けよ」 「竹中、教えてくれ! …俺もいつかはああなるのか?」 鉄面皮で知られる高橋の両方の目からは、 信じられないような2本の熱い奔流が流れていた。 「お前は絶対大丈夫だよ。今までの貢献度を…」 「雀鬼を知らないこの俺がか?」 しばらく沈黙が流れた後、竹中はおもむろに口を開いた。 「だれもが心配なんだよ。お前も、河田も、はぎやも…そして俺も」 「…お前も、なのか」 「いつかはああなる。…だれもがそう思っている」 竹中の温厚な表情の陰に、恐怖心が浮かんでいた。 「なぁ…竹中」 「何だい、今度は?」 「アクアプラスに俺がいなかったら、どうなるのかな」 「どうなる…って高橋、何言ってんだよ」 「例えばの話だ。どうなる?」 「…無理なんじゃないかな、それは」 「何が無理なんだ?」 「お前が…会社にいなくなることは」 「そんなのは簡単だ。辞表をたたきつければすむことだ」 「正気で言ってるのかい、それは」 「冗談だ…今はな」 未だかつてない緊張感が、2人を捕らえていた。 「折戸と…話をしてみたい。今は」 「…」 「許してくれるとは思わんよ。あんな仕打ちをした俺だ。 だが…下川に一泡吹かせるためなら、あるいは…」 「やってみなきゃ…判らないよ、高橋」 「竹中…」 竹中の表情に、普段の温厚さが戻っていた。次を読む
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