季節は移ろい、秋。 降り注ぐ陽射しは柔らかく、冷ややかな風が軽やかに吹きぬける。 青空を渡る白い雲を眺めながら、青紫は悩んでいた。 鍵っ子を利用したネガティブキャンペーンが、実行の段階でつまづいてしまったのだ。 鍵っ子の言動がいかに奇怪なものであっても、 鍵掲示板の多重レスや内輪化だけでは、人々の失笑を誘うに過ぎない。 keyに深い傷を負わせるには、誰もが驚愕する事件が起こる必要がある。 しかし、いくら強く念じようとも、鍵っ子を電波で支配できるわけではない。 KANONが発売されて以来、時は、平穏を友としながら緩慢に流れ、現在に至る。 「青紫」 空を仰いでいた視線を部屋の入り口に向けると、ドアをくぐったばかりの高橋の姿があった。 「どうした、辛気なツラして」 青紫に歩み寄ると、高橋は側のパイプ椅子に腰を降ろす。 高橋は、目を伏せる部下の苦悩を察した。 「ネガティブキャンペーン、うまくいってないようだな」 「……すみません」 頭を小さく縦に振り、青紫は謝辞を述べた。 しかし高橋は、明るい調子で言ってのける。 「気にするな。俺も、無理難題を押し付けたんじゃないかって、悩んでたところだ」 計画の遅れを非難されるのではないかと恐れていた青紫は、 安堵から深く息を吐き、肩の力を抜いた。 「そこでだ、青紫。今日はお前に面白いアイディアを持ってきた」 会話の意外な展開に、青紫は首をかしげた。 「来月、大阪でデジフェスが開かれるのは知っているな」 デジフェス――正式名称をデジタルフェスティバルというそれは、 キャラクターグッズの展示と販売が行われる催しである。 「知ってますが、それがなにか?」 「デジフェスには、keyも参加する。CDとテレカを売るらしい。 それを目当てに鍵っ子が集まるだろう。これを利用するんだ」 高橋は、ゆっくりと計画の全容を語り始めた。 説明が核心に近づくにつれ、青紫の顔色が青ざめてゆく。 「……本気ですか?」 「当然だ。準備もすでに整えてある。あとはお前が現地に赴き、実行部隊の指揮をとるだけだ」 「しかし……」 謀略と計略に満ちた構想に、青紫はためらいと恐怖を覚えた。 「卑劣な手段かもしれないが、これが成功すればkeyのイメージは確実に暴落する。 リーフの栄光のために一肌脱いでくれ、青紫」 罪の意識と打算が思考回路を駆け巡る。 ハルマゲドンにも似た天使と悪魔の争いが、言葉では形容しがたい感情を沸き起こす。 血管を満たす血液が沸騰し、全身が火照る。 心肺が締め付けられ、動悸が激しくなってゆく。 薄れゆく意識を現実に引き戻したのは、部屋の出入り口のドアが開閉する音だった。 「どうした、高橋」 静寂を破ったのは、専務の下川であった。 高橋の練った計画は、すでに下川の知るところであり、 雑務を終えたところで、交渉の様子が気になり、こうして現れたというわけだ。 下川は、青紫が渋っていることを聞かされ、自ら説得に乗り出した。 「やってくれるなら、昇進を約束しよう。新作のシナリオも書かせてやる」 その言葉は、安い倫理観を吹き飛ばすのに十二分だった。 「……分かりました、やります」 青紫は、正義よりも下川の庇護を選んだ。 「やってくれるか、さすが俺が見込んだだけのことはある」 高橋は青紫の手を取り、健闘を祈って激励する。 「頑張れよ、リーフの未来はお前の手にかかってるんだ」 青紫は高橋と綿密な打ち合わせを重ね、 運命の日の前日、「実行部隊」の待つデジフェスの会場へ向かった。次を読む
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