高橋が陰謀をめぐらせるのと時を同じくして、 ビジュアルアーツが籍を置くビルの一室では、ささやかなパーティが催されていた。 「KANONの成功を祝して乾杯」 ビールが注がれたグラスを掲げ、いたるが乾杯の音頭をとった。 十指に余るグラスが交錯し、軽やか音色が響き渡る。 「YETの奴、今ごろ俺たちを失ったことを後悔してるぜ」 白く泡立った黄金の液体を軽く胃に流し込み、麻枝は呟いた。 かつての上司であるYETの悔しがる姿を想像しているのか、 飲み始めたばかりだというのに、舌の動きは滑らかだ。 麻枝の隣に立つ折戸が、薄く笑う。 「ああ、あいつは俺たちをなめてたからな。いい気味だ」 「なんとか替わりを見つけて新作を出したみたいだけど、大したことなさそうだね」 久弥が折戸に追随し、すぐさま話題を転じる。 「それより、二人も知ってると思うけど、 こみっくパーティの評判は最悪だってね。新旧交代は近いよ」 ――新旧交代。 麻枝と折戸の瞳に、細い、しかし強い光が走った。 彼らが胸の内に秘めていた野望が、現実のものとなろうとしているのだ。 手にしたグラスに視線を落とし、黄金色の水面の奥に、折戸は苦々しい過去を見た。 「沈む船からネズミはいなくなる、か」 古巣の没落に、冷笑を禁じえない。 リーフを見捨てたのは正解だったな――折戸は、自らの選択を賞賛した。 「どうしたの折戸くん、遠くを見る目でビールを眺めて」 折戸は垂れていた頭を起こし、音源に視線を移す。 声の主はいたるだった。 アルコールが脳に回り始めたのか、頬を上気させ、陽気な笑みを浮かべている。 「なんでもないさ」 明るい調子で、折戸はかぶりを振った。 いたるはグラスの縁に唇をあて、残っていたビールを飲み干すと、声を細めた。 「ここだけの話だけどさ」 いたるの神妙な表情は、麻枝たちの注意を引き付けるのに充分だった。 「あくまでも噂なんだけどね、13cmの連中が私たちを警戒してるんだって」 13cm――keyと同じく、ビジュアルアーツのブランドのひとつである。 「警戒?」 否定的な意味をもつ単語に、麻枝が顔をしかめた。 「ええ、なんでも、私たちの待遇が気に入らないらしいの」 それは実力相応の待遇だ。クソゲーを量産する輩が何を言うか。 折戸はそう言いかけて、言葉を飲み込んだ。 「そんなのは敗者の嫉妬だよ。僕らが気に留めることじゃない」 いたるの密告を、久弥は一蹴した。 「いくら天を仰いでも、空からロープが降りてくるわけじゃない。 リーフを追い越した暁には、奴らも僕らの前にひれ伏せざるをえないさ」 ……リーフを追い越す。 誰もが願い、そして挫折した。 けれど、それはもはや夢物語ではない。 手を伸ばせば届くところにある。 自らの野望を吐き出すように、麻枝が言葉をつむいだ。 「久弥のいう通りだ。俺がいる限り、keyは安泰だ。大船に乗ったつもりでいろ」 ……本人は、何気なく言ったつもりかもしれない。 しかし、彼が自信の程を込めた一言は、誇り高き者たちの自尊心を傷つけた。 まるで、空気を詰めて膨れ上がった風船を針で刺したように、 意識の水面下に沈んでいた感情が爆発した。 折戸が、震える唇を刻む。 「KANONが売れたのは俺のおかげさ。涙の琴線に触れる旋律が感動を呼び起こしたんだ。 たとえシナリオがつまらなくても、涙を流さずにはいられない。 それが、音楽という芸術の力なんだ」 身振り手振りを交えた折戸の演説に、麻枝が敵意を剥き出しにした視線を投げかける。 久弥が続く。 「違う、音楽じゃないよ。ToHeartがなんでヒットしたのか考えてごらん。 キャラ萌えでしょ? それさえあればいいんだ。 その証拠に、キャラクターグッズが売れまくってるじゃないか」 遠まわしに、久弥は自分の功績を誇った。 いたるも黙っていられないのか、表情をいくらか柔らかくし、弁舌を振るう。 「なに言ってるの、みんな。ただのエロゲーじゃない、キャラのデザインが全てよ。 わたしの子供たちの愛くるしい表情が受けたのよ。勘違いしないで」 遠くから四人の口論を眺めていたみきぽんとしのり〜が呟く。 「業界随一の塗りがキャラデザをカバーしたのよ。あんたこそ勘違いしないで」 敵意を込めた視線が交錯し、激しい火花を散らす。 煮えたぎる憎悪が空間に広がり、野望は激しく渦を巻く。 空気は張り詰め、雷鳴が轟く。 「俺の力でリーフを倒す」 「わたしの力でリーフを倒す」 それぞれの胸の内に秘められていた野望が、沸点を超え、激しく湧き上がる。 頂上を極めようと志した者たちの、熱く過酷な争いは、オペラさながらに、こうして開演した。次を読む
【TOP】