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■始動編■〜leaf vs key リレー仮想戦記 ■始動編■

 1999年、夏。 
 冷房の効いたビルの一室で、高橋は頭を抱えていた。 
 彼を悩ませるのは、ノストラダムスが残した予言ではない。 
「単なる一発屋だ。我がリーフ帝国の敵ではない」 
 少なくとも、発売される前はそう思っていた。 
 しかし、高橋のもとに届けられた報告は、彼を驚愕させるのに十二分だった。 
 keyの処女作であるKANONが、 
 同時期に発売された「こみっくパーティ」の売上に肉薄しているというのだ。 
 報告書は続ける。 
 KANONの評価は、かつて一世を風靡したToHeartに迫る勢いだ、と。 
 レポートに視線を走らせる高橋の頬から、徐々に血の気が引けてゆく。 
 白い歯は唇を噛み、束ねられた紙を掴む指先は震えている。 
 ビジュアルノベル三部作を完成させて以来、 
 王者としての振る舞いを片時も忘れることのなかった高橋だが、 
 この時ばかりは、迫り来る追走者の足跡に危機感を抱かずにはいられなかった。 
 テーブルにレポートを叩きつけると、高橋は内線に手をかけた。 

 数分後、高橋の待つ部屋のドアがノックされた。 
「入れ」 
「失礼します」 
 起伏のない高橋の声に促されて入室したのは、同じくリーフの一員である青紫である。 
 性別を判別しかねる名前から、ネットでは様々な憶測が飛び交っている。 
 なかでも興味深いのが、青紫が現役の女子高生ではないかというものである。 
 その真偽は、ここでは触れないでおこう。 
「青紫」 
 厳かに、高橋は口を開いた。 
「KANONの評判は、お前の耳にも届いているな」 
 同意を求められた青紫は、高橋のただならぬ表情に肩をすくめた。 
「はい、人づてですが、大絶賛だと」 
「そうだ。しかも、売上も我らが『こみっくパーティ』に迫る勢いだ」 
 返答に窮し、青紫は視線を床に落とす。 
 もっとも、高橋は返答など期待してはいなかった。 
「このままでは、下手をすれば、トップメーカーの座を奴らに奪われてしまう」 
 ……それはあんたが新作を書かないからだ。 
 青紫は、日ごろの高橋への不満を吐き出すように、心の中で毒づいた。 
「だが、奴らにも不安材料はある」 
「それは?」 
「鍵っ子だ」 
 高橋の口からつぐまれた言葉の意味が分からず、青紫は沈黙をもってその旨を伝えた。 
「鍵っ子というのは……まあそうだな、分かりやすく言えば、 
 新手のカルトのようなものだ。口で説明するより、実物を見たほうが早いな」 
 壁際に置かれたデスクトップパソコンに歩み寄ると、 
 高橋は鍵掲示板を開き、青紫を手招きした。 
「これが鍵っ子だ」 

 青紫の網膜に、尋常ならざる文字が焼きついた。 
「ゲームで初めて泣きました」 
「最高です。これで泣かないのは人間じゃない」 
「友達に布教してます」 
 目を丸くしながら、青紫は感想を漏らす。 
「信者というのは、時代とジャンルを問わずウザイものですが、こいつらは別格ですね」 
 未知との遭遇を果たした青紫の表情を楽しむように、高橋は微笑した。 
「こいつらを使ってkeyを壊滅に追い込む」 
「どういうことです?」 
 青紫の疑問に、高橋は失笑をもって答える。 
「分からないか? ネガティブキャンペーンに利用するんだよ。 
 keyのファンはこんな奴ばかりだ、と」 
 高橋の意図するところを性格に把握し、青紫は頷いてみせた。 
「具体的にどうするんですか?」 
「簡単なことだ。鍵っ子の愚行を紹介するサイトを開き、笑いものにすればいいのさ」 
 たしかに簡単なことではあったが、では誰が、それを実行するというのだろう。 
「そのためにお前を呼んだんだ」 
 高橋は、首をかしげる青紫を見つめた。 
「お前にその実行役を任せる」 
「ええ? 私がですか!?」 
 不名誉な命令に、青紫は嫌悪の念を隠そうとはしない。 
「そうだ。成功すれば、『志保シナリオ』の件は許してやる」 
 志保シナリオ――それは、今や青紫の代名詞とも言える言葉だった。 
「……分かりました、やればいいんでしょ、やれば」 
 肩を落とし、深く溜息を吐く青紫。 
「せっかくだから、お前にコードネームを授けてやろう」 
 ……いらねえよ、そんなもん。 
「そうだな……keyだからポンキッキー、ポンキッキーといえばガチャピン…… 
 よし、お前のコードネームはガチャピンだ」 
 こうして青紫は、keyへのネガティブキャンペーンに身を投じるのであった。 
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